著者
神山 智美
出版者
富山大学経済学部
雑誌
富大経済論集 = The journal of economic studies, University of Toyama : 富山大学紀要 (ISSN:02863642)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.83-106, 2017-12

身近な公職選挙の一つに地方議会議員選挙がある。2016年(昨年),筆者の居住する富山市では,不祥事(政務活動費不正利用)のため多くの地方議会議員が辞職し,その補欠選挙もなされた。補欠選挙では,多くの候補者が斬新さと自身が掲げる政策案の実現をアピールして,世間の関心も高まった経緯がある。関西ではローカル・パーティー「大阪維新の会」が,東京都議会議員選挙でも,「都民ファーストの会」が大躍進を遂げており,地方政治における政策型選挙も定着してきた。一方,「市議会議員になる方法」等というタイトルのマニュアル本も多数刊行されている。しかし,転職先として人気のある地方議会議員は,その報酬から見ても都市部であり,中山間地域等に存する小規模な町村においては,高齢化および人口減少化のなかで定員を満たす立候補者を確保することが難しくなっている実態もある。こうした現況から,地方議会の実態と地方議会議員選挙の法的性質を踏まえ,地方議会議員とりわけ市町村議会議員に係る地方自治法(自治法,昭和22(1947)年法律67号)上および公職選挙法(公選法,昭和25(1950)年法律100号)上のいくつかの論点について検討するのが,本小稿の目的である。
著者
神山 智美
出版者
富山大学経済学部
雑誌
富大経済論集 = The journal of economic studies, University of Toyama : 富山大学紀要 (ISSN:02863642)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.253-275, 2018-03

就活(就職活動)ならぬ「終活」ということばが生まれてきた。これは,2008(平成21)年に週刊朝日(朝日新聞出版)が造ったことばで,当初は葬儀や墳墓(お墓)等の人生の終焉に向けての事前準備のことを指していた。現在では「人生のエンディングを考えることを通じて自分を見つめ,今をよりよく,自分らしく生きる活動」のことを指すようである。人生のエンディングを考えるに当たり,多様な選択肢のなかで葬儀のあり方や埋葬の仕方等は重要な事項となる。また,これは決して自身のことだけとは限らない。人口の多くが都市域に集中する時代にあって,地方に住む老親と離れて暮らしているケースや,先祖代々からの墳墓が地方にある場合は少なくない。そうした場合には,地方で「孤独」に住まう老親の今後や,墳墓の移設等が家族会議で議論されることもあるのではなかろうか。他方,都市域という人が多く集う空間にあっても「孤独」は存在する。配偶者,子孫および近しい親類等がいない人というのも珍しくはない。これらの人が人知れず寂しく死を迎える状態を「孤独死」と表現される。こうした孤独死および継承する人がいないケース等については,どのような葬儀のあり方や埋葬の仕方等をとることができるのかということも考えねばならない。地域や自治体の役割も問われてくるであろう。ちなみに,2000(平成12)年からは,地方分権改革に伴い,「墓地,埋葬等に関する法律(墓地埋葬法,1948(昭和23)年法律48号)」における都道府県および市町村のすべての事務が自治事務とされている。以上のように,1948(昭和23)年に墓地埋葬法が制定された後も,墓地および墳墓に係る状況は変化を遂げてきている。1997(平成9)年には厚生省に「これからの墓地等の在り方を考える懇談会」が設置され,墓地を利用する者の視点に立って1998(平成10)年に報告書がまとめられた。こうした時代背景のもとで,本稿は,廃棄すべき廃墓石および措置すべき遺骨,なかでも孤独死の遺骨というものの扱いの検討を試みる。「終活」や「孤独死」という問題には,観念的なものが伴いがちであるが,それらとは一線を画して即物的なものとして捉えることを試みるものである。なお,実際の訴訟として墳墓(お墓)の所有権および祭祀主催者の承継等に係る争訟は少なからずであり,加えて,人の終期についても,法学上は「臓器移植」「脳死」等の大きな議論があるところ,本稿はそれらを扱うものでもないことをお断りしておく。
著者
木下 裕介 増田 拓真 中村 秀規 青木 一益
出版者
富山大学経済学部
雑誌
富大経済論集 = The journal of economic studies, University of Toyama : 富山大学紀要 (ISSN:02863642)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.127-152, 2018-07

近年,持続可能な社会や都市への移行に向けて,日本の地方自治体(以下,自治体)においては,社会・経済の低炭素化や加速化する少子化・高齢化を含む,各種課題への対応が求められている。これは中長期にわたる包括・包摂的視座の下,既存施策・政策の再編を必須とする構造的変革(structural transformation) の可否を問うものであり,自治体にとっては,地域やコミュニティにおける集合的意思決定を如何にして行い課題解決をはかるのかという,ガバナンスにかかわる問題も含んでいる(Bulkeley et al. 2011; Hodson and Marvin 2010)。これらの点に関連する直近の政策動向としては,SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の達成をはかるため,2017年12月に国が打ち出した「地方公共団体における持続可能な開発目標(SDGs) の達成に向けた取組の推進」を挙げることができる。この施策は,「まち・ひと・しごと創生総合戦略2017改訂版」(2017(平成29)年12 月22 日・閣議決定)および「SDGsアクションプラン2018」(2017(平成29)年12月26日・持続可能な開発目標(SDGs) 推進本部決定)における,「『日本のSDGsモデル』の方向性」において取り決められたものである。このことは,SDGsの達成が,日本の都市・まちづくりを通じた地域・コミュニティの再興(すなわち,地方創生)に資するとの命題が,政府の政策体系に位置づけられたことを意味する。また,ここでの命題を具体化する事業として,国(内閣府地方創生推進事務局)は,2018年2月,自治体によるSDGsの達成に向けた取り組みを公募し,優れた取り組みを提案した最大30程度の都市を「SGDs未来都市」として選定の上,SDGs推進関係省庁タスクフォースによる支援提供を行うとした。上記政策展開において特筆すべきは,SDGsの達成に向けて,自治体が取り組むべき課題・対応策等をめぐり当事者・ステークホルダーが意思決定を行う際の手法として,「バックキャスティング(backcasting)」が明示的に採用された点である。将来シナリオの策定におけるバックキャスティングとは,予測を表すフォアキャスティング(forecasting) と対をなす用語として理解され,通常,あるべき将来を始点としてそこから現在を振り返る方法と定義される(Robinson 1990)。また,一般にバックキャスティングシナリオは,比較的遠い未来(例えば,2050年)のあるべき姿(ビジョン)を設定した後,その達成のために何をすればよいか(パス)を未来から現在まで時間的逆方向に考えるというプロセスで生成するものを指す(Kishita et al. 2016)。バックキャスティングを用いた将来シナリオの作成は,社会・経済を規定する制度・構造にまで踏み込んだ,イノベーションを伴う抜本的変革が求められる課題遂行において有効とされる。サステナビリティ・サイエンス(Sustainability Science)の分野では,2000年代以降,気候変動,エネルギー,SDGsといった政策課題への対応において,バックキャスティングを用いた将来シナリオがさかんに作成されるようになってきた(Kishita et al. 2016)。持続可能な社会への移行を企図したシナリオ作成に孕む困難な問題として,各自治体が目指すべき都市や地域に関する理想の将来像(ビジョン)が必ずしもステークホルダー間で共有されていない点が挙げられる。この問題の解決に向けたより民主的な政策立案の手法として,サステナビリティ・サイエンスの分野では参加型アプローチ(participatory approach) が注目を集めている(Lang et al. 2012; Kasemir et al. 2003)。その具体的な事例は欧州でさかんに見られるが,日本でもここ最近は行政や専門家が参画した市民ワークショップの開催という形態を中心として,さかんに実践されている(Kishita et al.2016; McLellan et al. 2016; 木下・渡辺 2015)。しかしながら,自治体や都市・地域の将来ビジョンを作成するための理論や方法論は,いまだ確立されていないのが現状である。また,ビジョン作成をどのように政策立案プロセスあるいは合意形成プロセスに反映させるべきかといったガバナンス問題に関する調査研究も,依然として萌芽段階である。そこで,本稿では,上記の研究課題の解決に向けたアプローチのひとつとして,市民ワークショップ(以下,WS)を用いたバックキャスティングシナリオ作成手法を提案する。本稿で提案する手法では,ロジックツリーと呼ばれるツールを用いて市民WSでの議論を因果関係に沿って構造化した上で,ビジョンに関する重要なキーワード(キーファクター)の抽出に基づいて複数のビジョンを作成する。さらに,シナリオの作成過程でWS参加者が議論した内容の論理構造を分析するため,持続可能社会シミュレータ(以下,3S シミュレータ)という計算機システムを用いる(Umeda et al. 2009)。このシステムは,持続可能社会シナリオの理解・作成・分析を統合的に支援することを目的として筆者らが開発してきたシステムであり,ビジョンとパスから構成されるシナリオの論理構造を可視化することができる(Umeda et al. 2009)。本研究では,以上の手法を,2064年の富山市における持続可能社会のシナリオを描くことを目的とした市民参加型WSに適用した。そこでは,年齢・性別・職業が多様になるように,10~70代の男女,合計16名を集めたWSを,全3回にわたって富山市で開催した。WSでは,参加市民を同様の人員構成となるよう2つのグループ(各8名)に分け,中立的ファシリテーションの下で対話・討議し,そこで示された様々なアイディアを記した文章と録音による発話データに基づいて,バックキャスティングシナリオを作成した。本稿の主たる目的は,市民WSを用いて得られた2本のシナリオのコンテンツおよびシナリオ作成のプロセスを通して,ビジョンの実現のために満足すべき目標と,とりうる政策オプションやその他の手段との関係性を分析することにある。さらに,本稿では,筆者らが提案したシナリオ作成プロセスが,ステークホルダー間の合意形成や自治体における政策立案に対してどのように資するのかという,ガバナンス問題についても考察を行う。
著者
伊藤 嘉規
出版者
富山大学経済学部
雑誌
富大経済論集 = The journal of economic studies, University of Toyama : 富山大学紀要 (ISSN:02863642)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.471-515, 2017-03

勝馬投票券(以下,本稿では「馬券」という)の払戻金に関する所得区分については,最高裁平成27年3月10日第三小法廷判決(以下,同判決で争われた事案のことを本稿では「大阪事件」という)において,「一応の基準」が示されたはずである。その基準を概略すると,「所得税法上,営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは,文理に照らし,行為の期間,回数,頻度その他の態様,利益発生の規模,期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当であり,一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有する本件事実関係の下では,払戻金は営利を目的とする継続的行為から生じた所得として所得税法上の一時所得ではなく,雑所得に当たる」。「外れ馬券を含む一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有する場合,当たり馬券の購入代金の費用だけでなく,外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の費用が,当たり馬券の払戻金という収入に対応するということができ,本件外れ馬券の購入代金は,所得税法37条1項の必要経費にあたる」というものである。その後,同判決を受け,所得税基本通達の改正が行われ,税務当局としては,最高裁の判決の射程が当該事案と「ほぼ類似のもの」のみに及ぶようにと,インターネット,コンピュータの予想ソフト等を利用し,反復・継続的に大量かつ長期にわたって馬券を買い続けて多額の払戻金を得ていた事案に馬券の収入が雑所得とされる範囲を限定しようとした。そのため,その後,紛争が収拾する方向に向かうよりは,類似の判決において判断が分かれる状況になっている。その代表例として,東京地裁平成27年5月14日判決(以下,同判決で争われた事案のことを「札幌事件」という)が挙げられる。その事案は,6年間の馬券の購入代金が約72億円,払戻金が約78億円(約6億円のプラス)というものであり,上記大阪事件最高裁判決の判断枠組み自体は使いながら,馬券の払戻金を一時所得と判断し,外れ馬券を(必要)経費ではないと判示した。このように判決における一種の「ゆらぎ」,すなわち判断枠組みの不明確さ,不安定な状況に関して,札幌事件の控訴審である東京高裁平成28年4月21日判決を検討することで,あるべき方向性を示そうというのが本稿である。その際に馬券の収支が年間でマイナス(「馬券の払戻金額」―「馬券購入代金額」が赤字)であった東京地裁平成28年3月4日判決(以下,同判決で争われた事案のことを「麻布事件」という)も外れ馬券の購入代金の経費性の有無を論じるところで取り上げることにしたい。